おかげさま
自分が他人に何かをしてあげた。
という思いを強く抱いていた時期があった。
[2016,11,30 北海道帯広市]
友達の誕生日会では、「祝ってあげた」
シェアハウス生活で洗い物が溜まっていたら、「洗ってあげた」
何か自分の得にならないことを他人のタメに「やってあげた」
という感情は生きていたら誰もが一度は思うはずだ。
...傲慢だったなあ〜とつくづく思う。
「お前は何様だ!」と過去の自分に喝を入れたい。
どこかしらで、今回助けたから今度は助けてよね!と
相手への期待込み込みでの言動。
相手に期待して、見返りを求めて、しまう。
人間は悪気もなく忘れてしまう動物なんだと思いもせず。
そして、いざ自分が助けて欲しい時に思うようにならなかったら
「裏切られた」と嘆く。
「最低っ!」「もういい、今度は助けないからね」と。
(僕は大損するけど君のために)やってあげた、
って感情のせいで人と人との間に損得感情が生まれる。
そのせいで、人と人との関係性が弱まるのは少し寂しいな。
それだったら、
大損するかもしれないけど、それでも君を助けたいから助けるよ。
見返りは何もいらないからね。
「したいからするだけだからね」
人のために役立ってる自分を見るのがかっこいいから。
相手には期待せずに、自分に酔う。
裏切られた、と思うこともない。
そっちの方が幾分かいいのかもしれない。
でも本当は、
「この間は君のおかげで助かったからね」
「君のおかげで今の僕がいるからさ」と、
損得感情なんて棚に上げて、
おかげおかげ、で生かされ合う。
そんな未来が見たいかな。
俺が俺がの「が」をいうよりも
おかげおかげの「げ」で生きたい。明日も。
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